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一周約三キロの湖の周りを走りながら、のどかな景色を楽しんでいた。桜は散ったが、目に鮮やかな新緑が眩しい。
ここ笠井公園は市街地にある公園としては、全国で一、二位を争う総面積を誇るらしい。会社の昼休みを利用して、ほぼ毎日走りに来ているがまだ湖周辺しか見たことがない。
――今度の休みに公園内をブラブラ歩くのもいいかもしれないな。
そんなのんきな考えが頭に浮かんだ自分に驚き呆れた。
一か月前までの自分とは”別人”みたいだと。
「あの! すみません」
突然、声をかけてきたのは、いかにも人畜無害そうな女性。歳の頃は二十代半ばといったところか。
通気性の良さそうなトップスはショッキングピンク。白のショートパンツの下に黒いタイツを履いて、シューズもピンク。
丸顔で少しぽっちゃりした体型だから、痩せようと思って走っているのかもしれない。
――人との接触はなるべく避けるように。
――警戒を怠らないように。
小山田の言葉が脳裏をよぎったが、まさかこの女性に限ってそれはないだろうと考えた。
たぶん自分は人恋しかったんだ。最後にプライベートで誰かと会話したのは一か月以上前だったから。
「はい、何でしょう?」
「写真を撮っていただけませんか? 自撮りだとあれがうまく入らなくて」
彼女が指さしたのは、黄色い標識。
「【白鳥横断注意】とは面白いですね」
毎日走っていたのに気づかなかったソレは、ひし形の中央に白鳥の絵が描かれていた。
彼女からスマホを受け取って、写真を撮ってあげた。
「ここって、本当に白鳥や黒鳥がトコトコ歩いているんですね。ビックリしました! あ、私、最近引越してきたばかりで」
興奮気味に話したかと思ったら、急に恥ずかしそうに俯いて。誰かのこんな素直な感情表現を見たのは久しぶりだ。
――かわいいな。
思わず目を細めた自分に戸惑った。自分にもまだこんな感情が残っていたのかと。
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