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うなり声のような音がどこまでも続く大広間。その中央に鎮座する真紅の玉座の前に、あたしは跪いた。
「お父様。エイヴリル、ただいま参りました」
頭上から「うむ」と低い声がする。「面を上げよ、我が娘」と続いてから、玉座を見上げた。
巨大な椅子に腰掛けるのは、獣の骨の仮面をかぶり、巨躯を漆黒のマントで覆った男。仮面からは禍々しい二本の角と、炎のように逆立つたてがみがのぞいている。
男の膝には長髪の美女がもたれかかる。彼女は薄く透けた妖艶なドレスで、豊満な体を強調していた。彼女にもまた、複雑に折れ曲がる二本の角がある。
この二人こそが、魔物の頂点に君臨する魔王と、その妻、そしてあたしの両親だった。
あたしの髪色は父に、容姿は母に似ている。
父は仮面の奥で、鋭い牙のある口を開く。
「突然の呼びつけ、すまなかったな。日々の鍛錬の最中だったであろう」
「お父様の召集がこの国での最優先事項。王女として誰よりそれに忠実であるのは、わたくしのつとめですわ」
今日の訓練はすこぶる調子が良くて忌々しい師範をついに打ち倒せるのではというところだったが、父の召集を聞くや否や中断し、汗一つ残さず正装に着替えた。しごきのせいでくたくただったが、それを微塵も表に出していない自信がある。
「我が娘ながら素晴らしい姿勢だ。部下たちも気が引き締まる」
「もったいないお言葉」
頭を下げてから、傘のように広がるドレスの形を整えつつ、その場に立ち上がる。
「それで、火急の用とは」
「う、うむ」
呼びつけておきながらもったいぶった調子の父が、やはり言いよどむ。ちらりと母に視線を向けると、母は「まったくもう」と眉を下げる。魔物を統率する力は抜きん出ている父であるが、仕事以外のことはからきしで、ほかは母に頼りがちなところがあった。
母はあたしに向き直り、「あのね、エル」と呼びかけた。エルというのはあたしの愛称だ。
母は己の角に手をかけ、軽く力を込める。
頭から直接生えているはずのそれを、かぽんと、きれいに取り外した。
「実はお母さん、魔物じゃなくてね。
人間の元勇者なの」
王の御前だというのに、顎が外れるかと思うくらい、はしたない大口を開けてしまった。
「はああああああっ!?」
絶叫が、大広間に絶えず響いている風のうなりを数百年ぶりにかき消した。
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