彼は誰時

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「ねえ、平太、もっとお話して?」  水晶玉のような目を輝かせながら、八尋は子守役の平太に話を強請った。 八尋にせがまれるまま寝物語をしていた平太は、まだまだ寝る様子のない八尋にひとつため息をついた。宵闇の部屋の中、行灯の蝋燭の火があたりを照らし、障子に平太と八尋の二つの小さな影を映し出していた。  綿の布団から体半分をだし、今にも起き上がりそうな八尋を平太は布団に押し込め、その小さな手を握る。 「駄目ですよ、夜更かしはいけません。奥方様に怒られてしまいます」 「でもオレ、平太ともっといっぱい話したいもん。ダメ?」 「今日もたくさん話をしたでしょう?」 「いやだよ、もっともっと話をして」  酒屋の次男坊として甘やかされて育ってきた八尋は、わがままを言えば全て通ると思っている。心を鬼にして平馬は八尋を睨みつけるが、その邪気のない顔をじっと見ていたら、心が折れてしまい、眉間の皺をすぐにほどいてしまった。 「……仕方ありません。あの行灯の蝋燭の火が消えるまで、ですよ?」  その言葉に八尋は一瞬不満げな顔をしたが、「うん」とコクリと頷いた。八尋は平太が逃げると思ったのか、その小さな手で平太の手を強く握り返した。その子供っぽい行動に、平太は苦笑した。もう七つにもなるというのに、この自分より四つ下のお坊ちゃまは平太の前だと赤ちゃんのような振る舞いをする。その姿は、家族の情が薄い平太にとって愛おしいものであった。  平太はもう一つの手で、八尋の頭をそろそろと撫でた。八尋はくすぐったそうに目を細め、猫のようにのどを鳴らす。平太も八尋と明け方まで一緒にいたかった。けれど平太には次の日、夜が明ける前に起床して日課の掃除をしなければならない。奉公人の平太には、八尋と違って仕事があった。平太は八尋に何度話したかもわからないおとぎ話を語り掛ける。    風もないのに行灯の蝋燭の灯りが揺れ、一瞬部屋が暗くなる。障子には、八尋と平太の小さな二つの影がぼやけて映っていた。 「……蝋燭の火が、消えなければいいのに」  平太の口から小さく零れてたその言葉は、蝋燭の火のように暗闇に溶けて消えてしまった。
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