彼は誰時

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 女中の噂通り、八尋は大きな荷物を持って帰ってきた。紺色の襟詰めに、制帽を被りマントを羽織った八尋は、立派な学生になっていた。  屋敷の使用人たちが門前で八尋を出迎えているのを、少し離れたところで平太は見ていた。八尋は身長も伸び、あどけなかった顔は凛々しく成長していた。子供の頃は水晶玉のように丸かった瞳は切れ長の瞳になり、鋭敏な印象を人に与えていた。その目が誰かを探すように辺りを見回している。その視線が平太とぶつかると、今までの印象が崩れ、柔和に笑いながらこちらに駆けてきた。 「平太!!」  まるで犬のように平太に近づくと、八尋は平太を見下ろしながら平太の細い手を握った。 「いないと思ったじゃないか。話したいことがたくさんある」  幼い頃と同じようなことを八尋は平太に言った。それをどこか遠くに感じながら、平太は努めて冷静に言葉を絞り出す。 「……お帰りなさいませ。坊ちゃま」 「どうしたんだ?平太、機嫌が……」 「おい!!八尋!!こっちにこい!!まずは父上に挨拶が先だろう!!」  屋敷の玄関にはいつのまにか八尋の兄上が来て大声で叫んでいた。八尋は名残惜しそうに平太をチラリと見ると「わかった!!」と負けじと大きな声で返事をした。 「夜に話そう。俺の部屋に来てくれ」  荷物を持とうとする使用人に対して「これは大切なものだから」と断りながら、八尋は屋敷に入っていった。使用人たちもゾロゾロと持ち場に戻りはじめる。平太も持ち場に戻らなければならなかったが、動けなかった。八尋にあんな無礼な態度を取ってしまったことが、恥ずかしくてたまらなかった。
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