彼は誰時

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 自分の部屋に戻り、平太は机の引き出しから手紙の束を取り出した。今まで八尋からきた手紙は捨てずに全てとってある。何度も繰り返し読み、自分の恋心を慰めていた。 「そんなこと一言も書いてなかったのに……」  一人、自分だけ浮かれていたのが恥ずかしかった。ポタポタと知らずの内に涙が零れてていく。真白な手紙の上に涙の粒が落ち、シミを作っていた。声を押し殺し、平太は泣いた。何もない平太にとって、八尋だけが自慢できるものであった。八尋が立派な男になって、八尋は誇らしかった。誇らしかったと同時に、酒屋の下男の自分が惨めにもなった。自分が八尋と釣り合う相手ではないとわかっていた。きっと八尋は東京で洗練された女性と出会い、恋をしたのだろう。二人で連れ立って歩く姿を想像しただけで平太は悲しくなった。それだけで涙が零れてくる自分が女々しくてさらに嫌になった。泣いて泣いて、泣いて疲れて、平太はいつのまにか眠ってしまっていた。
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