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悲しみが体を少しずつ苛んでいったけれど、涙は流れなかった。何年も泣いていないから、泣き方を忘れてしまったのかもしれない。泣くという行為に手順があったのかすらどうかも、今は分からなくなっているから。それとは別に至極単純な行為として一筋の傷を作って血を流す。涙と血は同じ成分だという話を聞いたことがあったから。
涙を流して乾いたところがカピカピになったのを体の中に滞留した悲しみだとしたら、血が乾いてテカテカになったのも体の中に滞留した悲しみだと思いたい。でもそれはきっと別のものなのだ。同じ成分であろうと流れ出る場所が違えば、それは別のものであるべきだから。もしそれが同じなのであれば、私の体にこれほどの悲しみが流れ込んでくるなんて有り得ないはずだから。
それだと私から漏れ出る血は、いったい何なのだろう。悲しみだろうか。憎しみだろうか。怒りだろうか。それとも自分で認知出来ていないだけで、幸福であったりするのだろうか。
こんな風に考えてしまうのは、私の分身のせいだ。左右が反転した私に拳を打ち付ける。拳と拳がぶつかりあって、左右が反転した世界とそこにいる私にいくつもの罅が伸びた。
それは誰かの心の中と同じに思えた。誰の? 私の? あなたの? 手の甲からまた別の血が流れる。それでもやはり涙は流れない。これがただの浮気や不倫だったなら、どれだけ良かっただろうか。
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