1.ねっとりした感覚

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 恋人にはほど遠いものの、グラマラスで美しい女性が(そば)にいて。午後の日差しを浴びる中庭の木々を眺めながら、ほどよく泡の利いたシャンパンを飲み、色とりどりのオードブルに舌鼓(したづつみ)を打つ。素晴らしい雰囲気なのに。  僕の左膝(ひざ)の下の部分、(くるぶし)にかけて、ねちょねちょ感が漂っている。もう汗なんかじゃないことは、わかっている。白パンツの下なので見えないが、どうやら皮膚がブヨブヨに溶け始めているようだ。  美樹に気づかれないよう、何気に左脚に体重をかけてみると、ぐにゅっと(ゆが)んだような感じがした。もしや、骨の方までぐにゃぐにゃになっているのではないのか?短時間に脚が変異する。これは一体何の現象なのだろうか?  「ねぇ、ねぇ。」と僕の様子を少し不審に思った彼女が声を掛ける。  「うん。ちょっと君に見とれていたんだよ。」  「まぁ、お上手。」と美樹は、まんざらでもなさそうだ。    こういうシチュエーションでも僕の口は減らない。それが取り柄で、これまで女性との修羅場を何度切り抜けたことか。機転を利かせて、上手な言葉で切り返す。それで少なくともその場は(しの)げる。ただ、気を付けなければならないのは、口の(うま)さは、即効性はあっても、時間が経てば直ぐ()がれてしまう(もろ)さも合わせ持っている。だから、愛する女性に対しては、最後は誠意なんだとわかっている。  ところで、この脚、病気なのだろうか?でも、皮膚病で骨も含めて脚の下部分がまるで蒟蒻(こんにゃく)のように柔らかくなることなんて、あるんだろうか? いや、錯覚だろう。そんなことあるはずない。  僕は、彼女に気づかれないように、今度は何気なく、左膝を(こぶし)で叩いてみる。ぶよよよーん、というこの感触。やっぱり蒟蒻だ。しかも、パンツの裏地に皮膚がねっちょり貼り付いてしまった。気持ち悪い。なんなんだ、これ?  そうするうちに、シャンパンからワインに代えて、少し酔ったふうな美樹がどんどん色っぽさを増していくではないか。(ほほ)の下から首の上の方にかけて赤みが刺し、瞳がうるんだような表情になっている。ねぇ、何か話して、っていう風に僕の方に少し頭を(かし)げながら。    その姿をじっと見ることによって、脚の異変を(しば)し忘れたい、心からそう思った。で、次に何を話そうか?
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