4人が本棚に入れています
本棚に追加
2.ねぇ、わたしを捨てないで
翌日の午後、僕は会社を休んで、皮膚科に行った。
医者は、僕の左脚を見て、特に異常はないと言った。予想どおりだった。
僕が昨日の自分に起こった現象を詳しく打ち明けると、「ふーん、そうなんですね。」と言って、心療内科への紹介状を書いてくれた。
休暇は何度も取れないので今日中に済ませようと、直ぐにその紹介された「心の青空クリニック」とやらへ電話を入れると、4時過ぎなら予約可能という。
空き時間ができたので、先にクリニックの場所だけ確かめおいて、すぐ近くにあるカフェのテラス席に座った。エスプレッソのダブルを注文して、目を瞑り、そっと耳を澄ませると、青山通りの喧噪が遠のいて、街路樹の葉音が聞こえてくる。さらに、小さいが小鳥のさえずりのような声も聞こえてくるではないか。
僕は、ふーっと息をつき、目を開けて、買ったばかりの楽譜集を広げ、歌えそうな曲がないか、パラパラと頁を捲り始めた。
そう言えば、このカフェ、いつか来たことがある気がする。
フラッシュ・バックのように記憶が蘇って来る。それは、満里奈の泣き顔だった。
「だめなんだよ、君とは。」と、僕は誰も座っていない隣の席に向かって話し掛ける。
「だめって?」と、記憶の中の満里奈が問い返す。
「無理なんだ。いや、最初から無理してたんだ。」と、僕は呟く。
空席は、何も答えない。
風で街路樹の葉が揺れて、テラス席の僕の場所に光が差し込み、それを合図に店内のBGMがヴォリューム・アップして聞こえ始める。サラ・ヴォーンの「時を忘れて」だ。
満里奈。
そう、彼女と続けるのは難しかった。なんていうのか、センスのタイプが異質過ぎた。
例えば...
でも、なんで、ここで、僕は元彼女のことを思い出してるんだろう。これから、美樹といる時だけ左脚が溶ける幻影が見える話を心療内科で話そうとしてる、その前に。美樹と満里奈の間に何か関連があるとでも言うのか?
いや、このカフェの雰囲気があの時のままで、僕をセンチメンタルにするのだろう。テラス席は、満里奈が好んで座った処だから。そう言えば、彼女は、「ジャズがよくわかんない。」と言った。
「どうして、この店は、いつもジャズなの?」とも言っていた。
最初のコメントを投稿しよう!