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「あの、それはバイクでは? そうですか、壊れてしまったんですね」
買い替えたのは出たばかりの新モデル。これから愛車になっていくはずだったマシン。だから、声には無念が滲む。
「バイク? そう呼ばれるのだな、あの獣は。それが壊れたと。そして、それを悔やむのか」
イツキが、当てていた手で、そのままこちらの額を一度撫でる。その手を取って、彼女へ戻した。二十歳も過ぎて、あやされるように撫でられるのは少し気恥ずかしい。体を起こそうとしたら視線でたしなめられたため、そのままに言葉を口にする。
「あの、ありがとうございます」
「礼は不要だ」
「ですが、こうして助けて――」
「少し手当をして苦痛を抑える薬を与えただけだ。感謝は早いかもしれないし、感謝を貰うほどの手間でもない。だから、そうだな。それでも礼を口にするというなら、代わりに名を教えてはくれないか」
「……朝霞、楓です」
「アサカ、カエデ? 姓を持つのか?」
聞かされた名前を咀嚼して、イツキが疑問する。
「普通、みんな持っているものだと思いますけど」
「そうか。そういうものか。私の記憶とは異なるが、そういう常識もあるのだな」
イツキが興味深そうに頷く。その彼女の背後で、木板の床に手を付く音を聞いた。それが一つ、二つと続く。
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