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「今、カエデと話をしている。しばし待て」
振り返らずに優しい声音で告げる彼女の声を無視して、背の側からひたひたと床を叩く軽い音が近づいてくる。
彼女の背を回るようにして横に出てきたのは、手だった。それがひょっこりと彼女の背後から顔を出す。さらにそこから全容が見えて、腕が三本咲いた。人の腕だけで構成されたテトラポッドのような姿が顕になる。腕そのものに可動域がないのか、指先を床に立てて、手首のひねりだけで器用に進む。
「仕方の無いやつだな。寂しかったのか」
横に進み出た腕で作られた不気味なオブジェ。イツキはその天井に向かう手の平をそっと掴んで、持ち上げる。そのまま膝の上に載せて、その手と何か法則でもあるかのように機械的な触れ合い始める。
「まだ若いんだ。他の者たちも相手はしてくれているが、細かい情報の伝達にはコツが要る。ゆえに、私が面倒を見ることが多い。言葉は解している。この体は、音を敏感に察知する器官としても機能するらしい。だが、ものを言う口が無いのが問題でな。私が手の触れ方を符丁とする意思の伝達方法を定め教えた」
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