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B氏はそっと墓守の後ろに立った。どことなく気まずい感じがして、かける言葉が見つからなかったのだ。
もしかしたら、この老人は墓守ではないのかもしれない、と彼は思った。だとしたら一体誰なのだろう。無縁仏に会いにくる人。忘れられた死者の古い友なのか。
老人は墓石にとまっているカラスを追い払った。ぶっきらぼうだが、慣れた手際。何の感情もない、仕事人の手つき。
その仕草から、やはりこの老人は墓守なのかもしれない、と彼は考え直した。
何か大事なことを忘れている、とB氏はふと思った。だがそれが何かは思い出せなかった。
まるで、のどに引っかかった魚の骨のようだ。気なるが、手が届かない。
B氏は再び老人に近づいた。老人がこちらに振り向いた。
二人はしばし見つめ合った。老人の目が澄んでいることに、B氏は驚いた。
ふと老人が何かに気づいたようだった。ハッと息を飲み、そして気まずそうな表情を浮かべ、小さく首を振った。そのとたん、B氏は胸が苦しくなった。
冷たい風がふいた。風が木々をゆらし、がざがさという音をたてた。足元の白詰草も揺れた。
ふいに老人が口を開いた。
「わしはもう長年この仕事をしておるので、そう驚くことはないんです」
彼はそう言ってから、申し訳なさそうな感じでB氏をまじまじと見つめた。あきらかに彼は困惑しているようだった。
このとき、再び教会の鐘の音が鳴った。林の中からカラスの群れが飛び立った。やはりカラスは一羽ではなかったのだ。きちんと仲間たちがいたのだ。
再び老人が口を開いた。
「長く墓守をしていると、あなたのような方はまれに見かけるのです」
ようやくB氏はすべてを了解した。なんてことはない、すべてはあらかじめ終了していたのである。
B氏はゆるやかに浮かび上がり、風の流れに身を任せて、白い墓石の下へとおりていった。そして暗い室内に横たわると、ゆっくりと目を閉じた。
最後の意識が途切れる時、彼は白詰草の花言葉を思い出した。
「think of me(私を思って)」
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