事務員渡辺十和子の密かな愉しみ

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「私が佐倉さんと、よく話すようになったのは…」  佐倉は問題の落とし物を拾ってくれて以来、十和子のBL趣味について、お前は腐男子になるつもりかというぐらい聞いてくる様になった。十和子としては、受けにそういう知識を授けるのは微妙な気分なのだが、腐男子になった受けが、BL作品を通して先輩社員への恋を自覚する…という展開もアリかと思い始めてきた最中だ。 「佐倉さんと、共通の趣味がありまして」  もちろん、梧桐にカミングアウトする気は全くない十和子は、究極に大ざっぱな表現を使った。 「そうなんだ…。趣味って、何」  普段、あまり他人に干渉してこない梧桐が、今日、今に限ってはやけにつっこんでくる。しかも、よりによって十和子のあまり触れられたくないことに関して。 「それは…」  どう説明しようかと、十和子は考えた。BLとは…文学?サブカル?女性向け?なんだかよくわからなくなり、十和子は結局、「秘密です」と答え、言ってしまってから随分子供っぽい言い草だと我ながらに思った。 「秘密…」  梧桐が十和子の言葉を繰り返すように呟いた時、営業部の出入り口から、「ただいま戻りましたーっ!」と、いつも通り…いや、いつもよりもさらに明るく大きな佐倉の声が響いた。 「あれ?そのコピー機、また調子悪いんですか?」  戻って来て早々、梧桐と十和子の間に割って入るように近づいてきた佐倉に、またしても妄想が走り出しそうになった十和子だったが、なんとか自制し気持ちを落ち着かせ、佐倉に現状を伝えた。 「梧桐さんがご機嫌の取り方を教えてくれて、お陰さまで、なんとか無事コピー取り終わりました」 「あ、そうですか。梧桐さん、もうすぐ会議です」 「おう」  聞いておきながら、やたらと十和子の返事をぞんざいに扱ってきた佐倉だったが、十和子としてはそれがまるで嫉妬の表れのように思われ、悦びこそすれ一向に嫌な気分にはならなかった。その後、並んで営業部から出て行く二人の背中を目にしても、「身長差十センチ…尊い」と震えるしかない十和子であった。
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