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ガンッ
女が、不意に私の頭を強打した。
眩暈がする。
ぎょっとしたのは、女のこぶしの硬さだった。それは、華奢な女の小さな握りこぶしのそれではなかった。まるで鉄のアームかなにかで殴られたような、そんな感覚が襲ったのだった。
なんだ、こいつ。何をする。
混乱しながらも、私は冷静であろうと努めた。
こいつ、さっきからおかしなことを喋ってるとは思っていたが、急に殴ってくるとは。やっぱり、頭のネジがいかれたやつだったのだ。私はおかしくなんかなかった。労働ロボットだの、五年前だの、いかれてやがる。全部こいつの妄想の産物だったわけだ。まじめに聞いていた私が馬鹿だった。狂人の相手をさせられていただけだ。狂人でも、華奢な女だ。とっつかまえて、警察を呼んでやる。……さっきの異様なこぶしの硬さが気になるが。
血が出ただろうか。警察を呼ぶためにスマホをコートのポケットから取り出しながら、頭をおさえる。
ぬるりとした感触。
は、――無かった。
ホッとしたのもつかの間だった。
かしゃん。
するはずのない音だった。
まるで安っぽい機械の部品がこすれ合うような、そんな音。
それが、――「頭の中」で、したのだ。
手をひっこめる。
手のひらが、透明のてかてかした液体に濡れていた。その上に、ところどころ錆びついたネジが、ぽとりと落ちる。
そう、アナログの時計とかを分解したら出てきそうな、いや、それよりももっと陳腐な、錆びたネジ。
チャリン、チャリン。うつむいたままの私の「頭上」から、足元に、次々と安っぽいネジが、軽い音を立てて落ちていく。
「なんだぁ」
女は高い声で、そう言った。「つまらないな」という感情が、表情に豊かにあらわれていた。
「やっぱり、あんたもロボットだったかぁ。にしてもこの部品か、ずいぶん古い型だね。あーあ、中のネジがいかれちまっている。記憶媒体にバグが出るわけだな」
女は、無遠慮に、私の「頭の中」をのぞきこんで、そう言った。
私は動けなかった。
頭の中でかしゃんかしゃんと機械の音がする。ネジが落ちていく。あるはずのないものが。あるはずのない音が。恐怖と、混乱とで、動けない。
どういうことだ?
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