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ざわざわと木々が鳴る、くすくすと声が聞こえる。
「なぜ、あの子は死んでしまったのかしら」
いつもの問いかけを投げかければ、ざわりと葉のこすれる音の隙間から、ふわりと答えが降ってくる。
『その子にとっては大事な理由だったから、じゃない?』
笑い声が大きくなる。心底愉快だとでも言うように。やっぱり私には答えはわからない。
「あの子幸せそうだったのよ」
『幸せだからよ。誰もがみんな幸せの頂点で死にたいと願うわ。その子は頂点で自ら終わりを告げたの』
幸せの頂点、不思議な響き。その頂点が本当に一番の頂点だったのだろうか。実は小さな小さな山であり、その先にもっと高い頂点があったかもしれない。なぜそれが幸せの頂点だと思ってしまったのか、なぜそこで終わろうとしてしまったのか、それを伝えてみた。
『先のことは見えないでしょう? 桜のように散ってそれでお終いかもしれないじゃない』
「いいえ、人間万事塞翁が馬。良いことも悪いこともあるけれど、悪いことばかりが起こるわけではないわ」
より一層笑い声が大きくなった。嘲笑うかのような声だった。
『いいことばかりじゃないわ。桜が満開の時期に雨が降るとどうなるか知ってる? 雨が降るとね、桜は早く散ってしまうの。幸せだって一緒よ、何かがあればすぐに消えていってしまう』
私は脳内で考えを巡らせてた。例えば満開の時期に花冷えがおこれば花は長持ちするし、秋に何らかの拍子で咲いてしまう狂い咲きだってある。幸せだって同じはずだ。不幸をなくすことはできなくても、幸せがもう一度、もう一度と訪れる。
私の考えをあざ笑うように、ざわざわとなっていた木々の音を覆い隠すように、笑いが大きくなっていく。
『だから、あなたはその子を死なせてしまったのね。だって考え方が全然違うもの』
そう、あの子の気持ちは私には理解が及ばない。私とあの子は他人であり一人の人間なのだから。思考なんてわかるはずがない。だから私はこの桜の元へ通っているのだ。
でもそれも終わりにしよう。何度聞いてもきっと私とあの子は分かり合えない、それがわかってしまったから。
「ねえ、もう葉桜になっちゃったよ」
今日こそ言うのだ、あの言葉を。
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