排水溝奇譚

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 翌日。 「伏せ字ではない。これでヒントは全て出た。答えろ。外せば殺す」と落書きされていた。  殺すだと? バカな。そんなことなら先にそう言ってくれ。そうすれば別のところに行ったのに。  僕は排水溝の中でうめいた。  この謎を解かなければ殺される……それに、伏せ字ではないだと!?  もう一度まじまじと○□△を見て、そして僕はようやく気づいた。  謎は――解けた。  伏せ字でないのなら、これは文字そのものなのだ。  筆跡はいびつだった。  ○はやや縦長に伸びている。□は少し丸みを帯びていた。△は両足が少々下へ突き抜けている。  確かに伏せ字ではない。  記号のチョイスがおかしいとは思っていた。普通記号を使って伏せ字にするなら、○×△のようにバツを使うはずだ。なぜ□と△なのか。  これは、○□△ではない。  いびつな、ODAなのだ。 「小田」  僕はその名を読んだ。  排水溝の中、僕の頭の先の方から「おう」と声がした。  首を反らせて見ると、そこには、うつ伏せで排水溝に横たわった小田がいた。手にはナイフを持っている。  いつもの、にやにやヘラヘラした小田とは全く違う。無表情で、ただ瞬きもなく見開いた眼が爛々とこちらを見ている。  僕は絶叫して、排水溝の蓋をはね飛ばして立ち上がった。そのまま脱兎のように逃げ出す。  いつからいたんだ。どうしてこんなことをしたんだ。  いくつもの質問があふれる。しかし、きっと答はないのだろう。  僕がこういう人間であるように、小田もああいう人間なのだ。  夜道を走りながら、僕は明日のことを考えた。  小田は何食わぬ顔で登校するだろうか。  僕はどうにかされるのだろうか。  僕は小田の何を分かっていたのだろう。  他のクラスメイトや先生の、何を分かっているのだろう。  僕のことも、誰も知らない。  夜の深い闇の中でしかさらせない真実が、きっと人の数だけある。  小田はなぜ――彼の真実の一端を、僕にさらしてしまったのだろうか。  闇の中、ちらりと振り返る。  ナイフを持ったまま静かに、小田はただ排水溝の上に、こっちを向いてたたずんでいた。 終
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