1章 「モカ・ガール」での出会い

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1章 「モカ・ガール」での出会い

真由子は、椿模様のエプロンから素早く控え帳と鉛筆を取り出した。 さらさらと「ホット珈琲です。お好みでお砂糖やミルクを入れてお飲みくださいませ」と書く。 ミルクホール「モカ・ガール」では、給仕係は珈琲を提供する際、必ず砂糖とミルクをお薦めする決まりになっている。 開店当初は、何も言わずにただテーブルに珈琲を置くだけだったが、 もの珍しさで珈琲を注文した不慣れな客が「こんな苦いものは飲めたものではない」と言って文句をつけたため、以後、給仕係は提供する際にミルクと砂糖の存在を示すという決まりができた。 この決まりを作ったのは、マスターではなく給仕長である。 マスターは、機嫌のよいときでさえ、ぎろりと客を一睨みする癖があるので、マスターに文句を付ける愚かな勇者はいなかった。 だが、その代わりにすべての文句を柔和な印象の給仕長である山田さんが引き受けることとなるのだった。 このような「モカ・ガール」での規則を真由子はしっかりと守っていた。「モカ・ガール」で働き始めて2カ月ほどしか経っていないからこそ、規則を守るということに関しては、他の先輩たちよりも上だった。
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