(四)

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 このことはどう解釈して良いのか分からぬことだけれども、兄に聞いても不思議なことだったという答えが返ってきたのだが。一度離れたふる里であるI市に戻った時のことだ。何歳の時だったか、これまた判然としないのだけれど、学校には通っていたはずだ。  昔昔に、計画学習というテキストドリル的な雑誌があった。毎月一冊が送られてきていたはずだ。それとも学校斡旋だったかもしれない。そこに、詩を投稿した。「風呂の帰り道」というタイトルだったが、佳作か何かに選ばれてシャープペンシルを商品として受け取ったはずだ。  そのことは誰にも話さずに、自分だけの宝物として隠した記憶がある。なぜ親にも話さなかったのか、今もってその理由は分からない。ただ単に恥ずかしかっただけなのか、それとも詩を書くなどという行為が、女子特有の軟弱さだと思っていたのかもしれない。 「男とは強くあらねばならぬ」  すべてにおいて強さが優先されて、弱音を吐いたり涙を見せるなど、決して許されるものではない。それが父の身体から発せられる無言の圧だった。そしてそれを象徴していたのが、日本刀だった。長さは3尺ほどで装飾がなく、白木の鞘に収まっているものだった。鍔はなく束もまた白木だった。  模造品だったのか、それとも刃引きが施されていたのか、真作だったのか、今となっては確かめようがない。上半身裸で正座をし床の間を背にしての日本刀を手にした姿は、床の間に飾ってあった掛け軸に描かれていた摩利支天の姿とダブって見えた。  そしてまた授業で書いた作文を、再度計画学習宛に投稿した。見事に秀作となったのだが、このことも父には話せずにいた。タイトルは覚えていないけれども、井戸のような深い穴からの生還といった内容だったはずだ。といっても、井戸の中に落ちたという話ではなく、あの自動車事故においての臨死体験を著した作文だった。
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