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私の自宅まで帰る道のりは30分ある。いやユウトにとっては30分しかないのかもしれない。突然彼女にあんな事を言われてハイそうですかと言えるわけがない。
握られた手を振り払えなかったのは、私もまだユウトの事が好きだから。その温もりを最後にもう一度。忘れないようにとそっと目を閉じて深呼吸をした。
洗剤の匂いでも、柔軟剤でもなく、勿論香水の匂いでもない。近づいてくるだけで彼だと分かるあの匂い。それをユウトに言ったら、加齢臭ってことかよ?と肩を落として笑った。だから「いい匂いだよ。私は好き!」と答えた。ユウトは目を細めて、「俺も、お前の匂い好き」と抱きしめる。そんな話をしてたのは最近のこと。それなのに私は、ユウトに冷たく別れを告げた。それが彼の為だからと自分に言い聞かせて、感情を押し殺して伝えた。
車に戻るときに自然に離れたその手を、名残惜しそうに手放したユウトと、離した後に手を握りしめた私。
まだ残っているその温もりを肌に覚えさせるように、私は左手で車のドアを開けて乗り込んだ。
車内はひんやりしていて、さきほどユウトに巻いてもらったマフラーに顔を埋めてからシートベルトをしめた。ユウトの匂いが鼻腔に広がる。とても安心するその匂いを小さく息を吸って吐いた。
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