月ノ森奇譚

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 不気味な声が夜気を震わせる。  かずらの鋭い眼差しは、蒼い光にたゆたう森を貫いていた。  まだ無力な小娘だった頃から何度目の満月を迎えただろう。  断崖に根を下ろした松の太い幹をわらぐつで踏み締めて、苦難に満ちた過去を思い巡らす。  かずらは、肩から袖と身が縫い合わされたかちえに似た衣服を、引き締まった肢体にまとわせていた。  柄巻きがそそけた刀を腰に帯びて豪然と立ち誇るその姿に、かつての可憐な娘の面影はない。  背中には重々しいえびらを背負い、ゆがけを挿した右手で松の枝を、左手で弓の握りを力強く掴んでいる。  そして紅を引いた唇には、首元から紐を結わえた呼ぶ子笛が挟まれていた。  かずらの呼気が蒼い闇を波立たせる。  すると――ひゅう…… ひゅう…… ひゅう……。  森の底深くより、喉から吐息が漏れ出るような遠吠えが返って来た。  あの、御堂で起こった惨劇の夜に求めても得られなかった、愛しい人の返事……。 「否」  はやる心をいさめたつぶやきに笛がこぼれ落ちて、胸元の愛しさと憎らしさの狭間で揺れ動く。  後ろ首に結わえた黒髪のほつれが風になびき、うっすらと艶紅を点した耳たぶを撫でた。 「風よ、けわいの匂いを存分に馳走してやれ」  かずらの口元に凄艶な笑みが浮かんだ。  弓を握り直すと幹を蹴り、険しい斜面を勇ましく滑り降りた。
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