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「ギャッ!」
前後からほぼ同時に悲鳴が上がった。
錫杖の頭頂部を振り下ろした千毒の足元に、一匹の巨大な獣がうずくまっていた。
丸まった体は硬そうな白い毛皮に覆われ、殴りつけられた額を庇う長い腕と大きな手は人のものと酷似している。
獣は猿を醜悪に誇張したような異形の容貌であった。
「今度こそ本物の猿神だな」
千毒は感情のない目であやかしを見下ろす。
「神などではない」
新たな矢をつがえたかずらの声には怒気が含まれていた。
「こいつらは、騙り、欺いて、人心を惑わす……化け物よ」
「だな。猿ですらねぇか……」
どこからともなく現れる狒々たちは神のように振る舞って里をたばかり、生贄を要求した。
束の間の豊穣を見返りに。
そうして美しく肉づいた乙女を求めていたのだ。
ひゅうっ
「むっ!?」
足元の狒々がひと声鳴いたかと思えば、四つん這いになって後方に跳躍し、たちまち藪の奥に姿をくらましてしまう。
狒々の逃走を見た千毒は、錫杖を半回転させて小脇に抱えた。
「俺は千毒! あんたと同じように猿どもを憎んでいる乞食坊主だ!」
自嘲気味に叫んで狒々の後を追いかけようとする。
「私の名はかずら!」
凛と澄んだ声に振り返った千毒は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに闇の中に溶け込んで行った。
「千毒……。彼もまた、奴らに誰かを視ているの?」
ひゅう……
傍らで静かに気配が立った。
不意の出来事にも関わらずかずらの口元に笑みがこぼれる。
振り返った先には、待ち望んだ人物がゆらりと佇んでいた。
「ああっ、草ちゃん」
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