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蒼く浮かび上がるかずらの目の前で、自分の身代わりとなって死んだはずの草太郎が苦痛に顔をゆがませて佇んでいた。
ゆったりと羽織っただけの舟形小袖の肩が裂けて、蔓草文様が流血に染まっている。
矢がかすったことを責めたてる草太郎の恨めしげな眼差しに、かずらの胸がずきりと痛んだ。
「ごめんね」
しかし謝罪の言葉とは裏腹に、かずらは満面の――どこか狂気を含んだ笑みを湛えていた。
「私の腕が悪いから痛い思いをさせたみたい。だけど、すぐに薬が回るから」
唐突に草太郎の肩ががくりと落ちる。
体をふらつかせ、頭を左右に振るう。
かずらはその様子を愉快そうに眺めた。
「ほら、もう大丈夫」
嬉々とした声に草太郎の顔色がたちまち蒼褪めた。
野生の直感で不吉な気配を察したのか、ほうほうのていでその場から逃げ出す。
「まずは一匹」
わらぐつが力強く泥土をえぐった。
草太郎を見つけるために、草太郎を追うために、草太郎を捕まえるために磨き上げた駿足は、風にはためく小袖を捉えて離さなかった。
一方、頼りない足取りの草太郎は短い間隔でキィキィと繰り返し鳴いていた。
恐怖と焦りが含まれた声に応え、周囲の木々が不規則にざわつき始めている。
いくつもの白い影が視界の隅を横切り、かずらは姿を隠していた仲間が集まり出したことを満足げに微笑む。
悲鳴を上げ、木の根に足を取られた草太郎が草むらに倒れ込んだ。
それをきっかけとして、頭上から歯を剥き出した草太郎が、かずらに襲いかかって来る。
かずらは体を捻ってかわすと姫反で殴りつけ、素早く矢をつがえ直して弓を引き絞った。
「二匹目」
新たな悲鳴が夜の森をつんざいた。
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