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かずらに乞食坊主とさげすまれ、自らもあざけて見せたものの、千毒は正式な僧侶とは云えなかった。
裳付衣は喪に服し、己を罰するために課した戒めであり、日常と決別して復讐に生きることへの覚悟であった。
愛しい恋人を奪った狒々を滅ぼせるなら、毒に体を蝕まれようが構わない。
保身など、本名と一緒にとうの昔に捨てている。
そして、大願を成就するためになら多少の犠牲もいとわないと心に決めていた。
さすがに生贄を強いられた娘には同情もしなくはないが、かずらのように身を守るすべを持つ者のもとに駆けつけてまで助太刀する義理など持ち合わせてはいない。
それでも千毒の心は動かされた。
かつて愛し、守ることが出来なかった娘の名もまたかずらであったことから、生きていればかずらのように強く美しく成長したであろうという幻想を抱いてしまったのかもしれない。
狒々たちの鳴き声が大きくなって来た。
しかし、その数は明らかに減っている。
不意に、千毒は重く柔らかい物体に足を取られてつんのめった。
ひゅう…… ひゅう……
聞き覚えのある息遣いに振り返る。
足元で胸に矢の刺さった狒々が力なく横たわっていた。
「これは……、急所をわざと外してるのか?」
片膝を突いて屈み込むと、狒々の傷口から粘つく血を指先ですくい取り舐める。
広がる鉄の味と共に舌先に強い刺激が走った。
唾を吐き捨てて呆然と立ち上がる。
「痺れ薬だと?」
何故、という思いが駆け巡る。
死にいたらしめる猛毒ならばともかく、生け捕りにしてどうするつもりなのか。
よくよく辺りの草むらに眼を凝らしてみると、赫く照らし出されたいくつもの影を見受けることが出来た。
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