猫など居なかった

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 店長さんに断りを入れてレジを離れると、控え室からタオルを持って来て猫に巻いた。  そして表へと出ると、駐車場の隅で、俺が持つポットの熱湯を慎重に調整しながらかけ出した。 「こうすればタオルにお湯が染みて、熱の回りが早いでしょ」  なんだかんだ言って六実先輩は頼りになる。  そして先輩の言うように、固まっていた猫の表面が柔らかくなり始めた。  そこからはさらに慎重をきす。  火傷の心配があるからタオルを一度外し、今度はお湯を含ませたタオルで猫の体を撫でてゆく。  タオルは熱いから、ちゃんとゴム手袋も付けていた。  それでも熱そうな顔をしているから、俺が代わろうとしたけれど、「あんた、がさつだから」と断られてしまった。  とその時だった。  不意に猫のヒゲがぴくぴくと動いたと思いきや、「にゃ~ん」と一声鳴いたのだ。  俺と六実先輩の表情が輝いた瞬間――。  猫はどろりと氷のように溶け、アスファルトに染みを作ったのだった。  染みは別に血のように赤くもなく、雪解けあとのようである。 「はぁぁ」  六実先輩はため息とともに立ち上がると、「猫なんてはじめっから居なかったのよ」とつぶやき、ポットを持ってコンビニへと戻っていった。  あとに残された俺も静かに立ち上がると、誰にゆうでもなく「そうっすね」とつぶやき、冷えた体を温めるのと、六実先輩への貢献のために、コーヒーを買いにコンビニへと歩み出した。
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