ジャンケン遊び

2/7
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 師走のある朝のこと。  商店街から少し奥まった所に位置する平屋の一つから、格子づくりのガラス戸がきしむ音が聞こえてきた。  時間をかけて開かれたそのガラス戸から、一人の老人が杖をつきながら、のっと現れた。  和服の上に鼠色のコートを羽織り、カンカン帽を被っている。黒縁の丸眼鏡の奥には知性を感じさせる目が覗いていて、鼻の下のちょび髭はキレイに切り揃えた跡がある。もしかしたら、昔は学校の先生だったのかも知れないという雰囲気を漂わせている。  老人は両手を杖の上に乗せ、どんよりとした空を仰いで(しら)(いき)を吐く。そこへ(さむ)(かぜ)が体へまとわりつくように去って行くと、身震いをして、首に巻くマフラーを顎まで伸ばした。 「こんな寒空では、遊ぶ子らもおるまい」  そんな独り言をポツリと口にすると、背を曲げて左へゆっくりと歩き始める。 「おっと。今日は近道をするかのう」  十歩進んだところで、この寒さに早く散歩を切り上げることを思いつき、方向転換する。家を出て右へ行く散歩道の方が5分ほど早く家に帰れることを知っていたのだ。  番犬に二度見送られた老人は、昨夜の小雨でぬかるんだ道に残る足跡に、歩幅の少ない足跡と杖の跡を加えていった。  大通りに出ると、街は一気に師走の色に染まる。  ポスターやら昇り旗やら呼び声が買い物客の興味を引き、心をつかまれた者は店内へ吸い込まれていく。  箱満載の荷車が老人を追い越す。大衆向けの珍しい乗用車が、威張って鼻を突き出しながらガタガタと揺れ、排気音を残して過ぎ去る。  そんな喧噪に別れを告げた老人は、裏道へ入り、視界に入った高台を目指した。ちょうど真ん中に石段が見える。 「あの石段を、のぼれんくなったら、おしまいかのう」  そう言って頂上に目を向けると、城のような洋館がある。元は貴族のお屋敷だったのだが、今は美術館になっている。  美術館の前にあるベンチが老人のお気に入り。そこに座れば、眼下に街を一望できるからだ。  その眺めは、石段を苦労して上り詰めることで手に入れられる。そして、心地よい達成感に満たされる。  そう思うと元気が湧いてきた。心なしか、速く歩んでいるようだ。  と、その時、石段を上っていく子どもの姿が見えた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!