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プロローグ
「──ところで、〈すみれの王冠〉という宝石を知っているかね?」
それまで交わしていた当たりさわりのない会話が途切れたかと思うと、何の脈絡もなく問われた。
このひとの口から飛び出す言葉がしばしば行き先不明であることは、とうに身にしみている。ユーグは表情も変えず即答した。
「知りません」
にべもない答えに、男はうら悲しそうな顔になった。
豪華な刺繍入りの上着をまとい、つややかな栗色の長いかつらをかぶった姿は泰然としている。体格は中肉中背、と言うにはいくぶん横幅がありすぎか。四十をいくつか過ぎたというのに、灰青色の瞳には未だいたずらな少年じみたきらめきが宿っている。
対するユーグは十九歳になったばかり。
かつらは使わずに銀灰色のゆたかな地毛をベルベットのリボンで結び、すらりと引き締まった体躯を仕立のよい上着に包んで佇む姿は、ルネサンス時代の彫像のように均整が取れている。
男に向けられる蒼と翠が絶妙に混ざった紺碧の瞳は、冷たいというより辛辣だった。
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