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『ブーーーブーーー』
低く響く音は、三田村のポケットの中にある携帯のバイブ音だとすぐわかった。二人の雰囲気は一気に現実へと引き戻される。
ごめん、と申し訳なさそうにスマホを取り出す三田村に、うん、と頷いてみせる。
――危なかった……。
冷静になって考えると、数秒前の自分は三田村を押し倒そうとしていた。勢いというのは怖いものだ。よくよく考えてみれば、付き合ったその日に襲うとか、なんというケダモノだ。
たとえ三田村が許したとしても、自分が一生後悔しそうな気がする。
「うん、ごめんね。じゃあ先に食べてて」
話しぶりから察するに、どうやら家族からの電話らしい。以前も家で食事を一緒にするから、と帰っていたのが記憶に新しい。妹と姉がいると聞いたことがあるが、きっと、三田村同様、天使のような人たちに違いない。
「じゃあね、ばいばい」
通話を終えた三田村は申し訳なさそうに、玉城の顔を見た。
「おうちの人だろ。心配かけちゃいけないよな」
「ごめん……早いうちに遅くなるって言っておけばよかった」
「いつでも来ればいい。俺、姉ちゃんの原稿手伝ってないときは暇してるし」
別に毎日来てくれても……いや、それは自分の理性が持たない。かもしれない。
鞄を持ち、玄関まで三田村を送りながら、自分は鍵を掴み、制服の上から厚手のパーカーを羽織った。
「玉城くん、出かけるの?」
「ああ、駅まで送ろうかと思って」
「え、でも寒いよ?」
「あー、その……少しでも、長く居たいから」
玄関の薄暗い明かりの下でも、三田村の頬がほんのり赤くなっているのを確認できた。ああ、ほんと、そのへんの女子よりも数億倍かわいい。けれどそんな風に照れられてしまうと、見ているこっちまで恥ずかしくなる。
「い、行くぞ」
「うん……」
二人並んでマンションを出る。エレベーターも、マンションのエントランスを抜けるときも二人は無言だった。本音を言えば、帰したくない。けれど、このまま三田村と一緒にいたら、本能で襲ってしまうかもしれない。
男を押し倒してその後、何をどうするか、何も知らないくせに。
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