天使と距離が近づいて

1/12
726人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ

天使と距離が近づいて

◇◇◇  正直、玉城は高校生活というものに期待していなかった。将来の夢があるわけでもないので、趣味である絵だけ描き続けられるなら、普段は働いて稼げるようになったほうがいいと思っていたくらいだ。しかし 姉から「弟が中卒なんてかっこ悪い」と反対され、半ば強制的に自分の家から一番近く、一般的な中堅高校である『小田高校』を受験させられ、奇跡的に合格し、今に至る。  幼少期から中学生に至るまでひたすら孤独に絵を描き続けていた玉城は中学に峰岸と仲良くなった以外は友達もおらず、部活動もせず、これといって楽しい思いではなにもなかった。結局、高校生になってからは、漫画家デビューしていた姉を本格的に手伝い始めたこともあり、連日の寝不足のせいで目付きが悪くなって自分には誰も近寄ってこなかった。それはそれで特に影響もなかった。それでも絵だけは描き続けていられる。それで十分だった。  原稿、締切、原稿というサイクルの毎日を過ごしていた玉城が三田村涼という天使の存在を知ったのは高校2年のときだ。それは学校行事である体育祭に強制参加させられたときのこと、玉城は騎馬戦で激しく衝突し、額から血が出るほどの怪我をした。女じゃあるまいし、顔に傷がくらい、どうってことはないと特に気にしないでいたら、遠くから自分に向かって走ってくる小柄な男がいたのだ。 「怪我、してましたよね!」  男は、息を切らしながら、自分のスペースに戻ろうとしていた玉城に詰め寄った。 「お、おう」 「あっ! 額から血が出てるじゃないですか! 保健室行きましょう!」  玉城の腕を握り、引っ張る男の腕には『救護班』という腕章がつけられていた。あどけさなの残る、少年と称するに近い童顔の男は、丸くてキラキラした瞳がとても印象的だった。 「いや、こんなのほっとけば治るから」 「だめです! 顔に傷が残ったらどうするんですか!」  めんどくさそうに呟いた玉城に男は真剣な表情で抗議した。心から心配をしてくれている剣幕に迂闊にもトキめいた。 「わ、わかった」  その勢いに押された玉城は男に従った。単純に考えれば、救護班なんだから怪我人を運ぶのは当たり前のことだが、そのときの玉城には親身になってくれる目の前の男が、天使に見えたのだ。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!