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マスターは、任せても大丈夫?という視線を彼に向けて、カウンターの正面を譲るように少し身を傾けている。 彼は、そのマスターに軽く頷いて、場所を変わった。 マスターが開いておいてくれたノートのロブロイのページを見る。 カクテルの意味は「貴方の心を奪いたい」だ。 さっきのスクリュードライバーの「貴方に心を奪われた」の続きのような対のような意味。 なんとも気障な口説き方。 桔平は、そのことをあまり考えないように、レシピを完璧にすることだけ考えてカクテルを作る。 「どうぞ」 グラスをカウンターの上に滑らせると、またその手を掴まれた。 「さっきの返事、聞きたい」 「へ?いや、あの、手を離し……」 「バイト終わった後の話」 ぐっと身を乗り出して顔を近づけてこられ、桔平は反射的に身体を引く。 握られた手も振りほどきたかったが、強く掴まれているから、振りほどくにはかなり力一杯しないとダメそうで、お客さんに対してそこまでしていいのか迷う。 マスターが見かねて助け船を出そうと腰を浮かせかけた、そのとき。 「生憎、彼のプライベートは全部埋まっている」 その低い美声は、いつもの甘さを欠片も含んでいなかった。 「風営法に引っ掛かるから、お触りは禁止だそうだ。貴方も手を離したほうがいい」 そう言いながら、桔平の手を掴む手を有無を言わさぬ力で引き剥がしたのは。 「遊佐さん」 ホッとする気持ち半分、見知らぬ男に手を握られている場面を見られた気まずさ半分の複雑な気持ちで、桔平は、そのひとの名前を呼んだ。 「今日は桔平が振ってるんだな」 遊佐は今日も完璧すぎるほどかっこいい。 手を引き剥がされた男も、文句を言おうと振り返ってポカンと口を開いたまま、言葉を失ってしまったようだ。 桔平の複雑な気持ちに気づいているのかいないのか、遊佐はいつもと同じ完璧な笑顔で桔平を見る。 そして、いつもの甘い低音で桔平の背筋をゾクゾクと震わせた。 「ジンライムを貰おうか」 普段、同じ材料でシェイクして作るギムレットを好む遊佐なのに、珍しいな、と思って桔平はレシピノートを確認する。 「あ」 桔平は、頬が上気するのを感じた。 レシピノートに書かれていた、ジンライムの意味。 色褪せぬ恋。 知っていたからこそ、あえて、ジンライムにしたのだ。 遊佐はいつものカウンターの奥の隅に座って、桔平がカクテルを作る姿をじっと見つめている。
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