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桔平は、少し迷って、そして。
言われたものとは違うカクテルを作り始めた。
「遊佐さんには、今日はこっちを飲んで欲しいから」
オーダーと違うものでごめんなさい。
そう言いながら、ほんのり乳白色のカクテルを差し出す。
遊佐は、そのカクテルを一口飲んで、何かすぐにわかったようだ。
「XYZ…か」
それに込めた意味にも気づいたのだろう、嬉しそうに頬を緩めた。
桔平とカクテルを見比べて、ニヤニヤとにやけている。
そんな顔もかっこいいのが、なんか癪に障る気もするけれど。
そのやり取りを、もちろん先客の男も見ている。
彼も、そのカクテルの意味が何か、すぐにわかったようだ。
「うわあ、俺、もしかして凄いガッツリ振られてる?」
そうだよな、フリーなわけないか、こんな魅力的な美人が。
「はあ?」
魅力的な美人て誰のこと??
ハテナマークが頭に浮かぶ桔平に、その男はしかし、ニッコリと笑った。
「でも俺、人のものだと余計に欲しくなっちゃうタイプなんだな」
遊佐にもやや挑戦的な視線を投げて。
「若く見えるけど、あの人結構おじさんだよな?君には俺ぐらい若い男のほうが、話も合うし体力もあるし何かといいと思うよ?」
何やら勝手なことを言って、立ち上がった。
「今日のところは、君の名前を知れただけでよしとするかな」
お会計お願いします。もちろん、最初の一杯の分も払うよ?
「君を落とすまで通ってくるから、覚悟しといて、堀越桔平君」
そう言い残して、その男はバーを出て行った。
「はあ、嵐のようなお客様だったね…大丈夫?堀越君」
マスターが心配そうに桔平を見ている。
「もし、どうしても嫌なら、あのお客様には悪いけれど出禁にするから、辞めちゃうなんて言わないでくれる?」
やっと気に入ったバイト君を見つけたのに、こんなことで辞められたら困っちゃうから。
「大丈夫です、そんな、あの方も少しふざけていただけだと思いますし」
遊佐みたいな物好きがそうそういるはずもない。
ちょっとからかってみたら、周りが過剰反応したから引くに引けなくなっただけだろう。
桔平だって、こんなにシフトの融通をきかせてくれて、時給もよく、やっと楽しくなり始めたバイトを辞める気はない。
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