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「いらっしゃいませ」
ドアを開けると、桔平の声が響いた。
カウンターのど真ん中、桔平の真ん前に、男が一人座っている。
彼は、その座っている男を鋭い視線で素早く一瞥した。
ふん、と軽く鼻を鳴らす。
なるほどな、と小さく口の中で呟いた。
「あれ?宇賀神さん」
桔平が驚いた顔をしてこちらを見ている。
「ご無沙汰だな」
宇賀神は肩を竦めて、カウンターに座っている男から一つ席を開けて腰を落ち着ける。
「ギブソンはできるか?」
そう訊かれ、桔平はマスターを振り返った。
マスターは、少し微笑んで立ち上がる。
「いいよ、堀越君、僕が作るから」
桔平には作らせて貰えないカクテルが、何種類かある。
そのうちの一つだったらしい。
透明な液体の中に、白いパールオニオンの粒が落とされたそのカクテルは、見るからに度がきつそうで、辛口っぽい。
「桔平君の知り合い、凄い雰囲気ある人だなぁ…しかもギブソンとか飲んじゃうあたりが、もう言うことない感じ」
君の彼氏とはまたタイプの違うイケメンだけど、まさか二股とかじゃないよね?
そんなら、俺も混ぜて貰いたいんだけど。
マスターと位置を変わった桔平に、先日から通いつめてきているその男が、軽い口調で話しかける。
「ふ、二股とか、宇賀神さんに失礼ですから!」
桔平が慌てて否定する。
川嶋の綺麗な顔が脳裏を過った。
あんな綺麗な人が恋人なのに、自分みたいな平凡学生との仲を勘違いされたら、本当に失礼だろう。
宇賀神は気分を害した様子はない。
唇の端を少し歪めて、面白がるように笑った。
「俺は遊佐センセイと恋人を共有するのはごめんだな」
あの男を敵に回すと厄介なことになる。
「それに、堀越桔平には全く興味がない…本人が思ってるほど平凡だとも思わないが、俺の好みではないからな」
肩を竦め、彼はマスターを仰いだ。
「同じものをもう一杯」
「お強いですね」
マスターは柔らかく笑って、再びギブソンを作る。
二杯目のそれをカウンターの上に置いたとき。
チリン、とドアベルが鳴った。
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