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「龍」
急いで来たのだろう、川嶋は眼鏡スタイルの仕事モードだ。
「堀越君、このひと、何か面倒かけなかった?」
第一声がそれなのも、どうかと思うけれど。
桔平は笑った。
「全然大丈夫です」
「他のお客様にも?」
そう言って、川嶋はつと、桔平の前に座っている男を見た。
そのいつもどおりの無表情からは、驚いているようには感じられなかったけれども。
宇賀神には、何か通じるものがあったらしい。
一瞬、二人の視線が絡む。
が、彼はすぐに自分の隣の椅子を引いて、座るよう促した。
「アキ、とりあえず座ったらどうだ?それとも、俺の膝の上に…」
「座らないから」
ニヤニヤと笑いながら言う宇賀神をピシャリと遮って、川嶋は宇賀神の隣の席に座った。
「こりゃまた、すげえ美人…なるほどな、ゴリゴリのハードボイルドな男には、そのぐらい完璧な正統派美人が隣にいるのがお似合いだ」
うんうん、と頷きながら言う男に、川嶋は再び視線を向けた。
「あの、失礼ですが、相楽柳凛先生でしょうか?」
男は、ニヤリと笑った。
「おっと?こんな美人がもしかして俺のファンだったりする?」
桔平君には全然知られてなかったみたいだから、ちょっと残念だったんだけど。
そういうことか。
川嶋は、口にも表情にも出さなかったが、得心した。
相楽柳凛は、今一番売れっ子だと言われているミステリー作家だ。
本が売れないというこの時代に、出す本出す本が全て軽く百万部を超えるミリオンセラー作家。
そのいかにも軟派な優男風外見にぴったりの軽いノリがまた面白い、とマスコミにも引っ張りだこで、今、時代の寵児となっている。
更に、これは世間にはあまり知られていないが、相楽の母方の伯父が政界の大物なのだ。
川嶋は、そちらの筋からの記憶で彼を知っていた。
遊佐の秘書を務めている以上、政財界の大物についての情報はかなり頭に入っている。
つまり、マスコミと政界、両方のコネを持っている男だ。
流石の遊佐でも、簡単にはいかない相手だと言える。
もちろん、遊佐のネットワークをもってすれば、本気で潰す気ならなんとでもなるのだろうけれど、そのためには、遊佐のほうにもそれ相応の代償が必要になるかもしれない。
桔平をそういう世界に巻き込みたくないという思いもあって、穏便に解決できるならそうしたいのだろう。
気に入らないけれども、様子を見ているというところか。
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