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相楽が帰った後は、店内が静かになる。
今日は遊佐が来るのが早かったから、常連さんたちで店が混み出すまで少し間があった。
「川嶋さんが、あのお客様のこと知ってたみたいなんだけど、遊佐さんも知ってたんですか?」
桔平は、気になっていたことを遊佐に問う。
「有名人だからな」
知らなかったのは、テレビをあまり見ない君ぐらいじゃないか?
桔平は、学業とバイトと遊佐との甘い時間に追われていて、基本、テレビはほとんど見ない。
本を読むことは嫌いではないようだけれども、今はあまりそういう時間も取れていないらしい。
だから、相楽柳凛という男のことを、全く知らなかったようだ。
遊佐は、最初に会った日にすぐ、その男が誰か気づいて、素性を調べ上げていた。
家柄や才能などは申し分ない男だけれども、とにかく色恋に関する素行が悪すぎる。
マスコミにも散々撮られているのに、全く悪びれる様子もなく遊び人っぷりを披露し続けているので、追いかける方も飽きてきたのか、最近は多少の色恋ネタでは話題にも上らないぐらいだ。
そんなふうに浮き名を流し続けても、本業の作家としての才能が際立っているため、本人は少しもダメージを受けていないどころか、それを宣伝に利用している節すらある。
両刀であることを、相楽は隠そうともしていないから、今更、有名人でもない普通の男子大学生との関係なんて記事にもならないだろうけれど。
下手に遊佐が手を引かせるような働きかけをして、開き直った相楽が桔平を巻き込むようにマスコミを煽ったら。
遊佐はそれを警戒していた。
テレビや雑誌などの媒体は、完全に抑えることができるだろう。
だけど、今はネット社会だ。
そっちの方面から攻めてこられたら、さすがの遊佐でも桔平を守りきることができるかどうか。
まあ、どうしようもなくなったら、最終手段として、桔平と二人、誰も彼らを知らない海外に移住して隠居生活を送る、というのもありだから、そこまで悲観はしていないのだけれども。
でも、それはたぶん、桔平が望まないから。
しかも、今は、就職という人生を賭けた大事な時期だ。
できることなら、穏便に相手が引いてくれるのが望ましい。
幸いにして、相楽は惚れっぽいが飽きやすい質のようだから、様子を見ているうちに、不意に飽きるかもしれない。
遊佐は、そう思って、最愛のひとにその男がまとわりついているのを我慢している。
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