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「つまんないなあ」 相楽は心底退屈そうにそう呟いた。 目の前のPCのキーボードにとん、と指を置く。 画面に、nnnnnnnn………とエンドレスに入力される文字。 「先生っ!」 悲鳴のような声をあげたのは、彼の担当編集だ。 「そんなこと言ってないで、原稿お願いします」 泣き出しそうな顔をしているのは、相当追い詰められているのかもしれない。 締め切り過ぎて、だいぶ経つしなあ…今回はマジやばいかも。 「だって書けないんだから仕方ないじゃん?」 そんな駄々っ子のようなことを言って、彼はあーあ、とため息をついた。 「それもこれも、なかなか想いが実らないからなんだよなー」 隠れ家みたいなお洒落なバーの、初々しい見習いバーテンダー。 すらりと背の高い、ほとんど肉のついていなそうな細身は、正直抱き心地はよくなさそうな気がする。 そこそこ整った顔をしているけれど、それほど目立つ感じがしないのは、堅実に地道にとても真面目に生きようとしているその性格が滲み出ているからか。 それなのに、ふとした拍子に匂い立つような色香を感じる、その不思議なアンバランスさ。 どうしても抱いてみたい。 相楽は、性欲を満たすことで創作のインスピレーションを得るという、厄介な性質を持っている。 これまで数々の浮き名を流してきているのも、元はと言えばそういう裏事情からだ。 「あの子を抱けたら、なんか凄いの書けそうなんだけどな…」 やっぱり堕ちないかなあ? あのイケオジには敵わないか。 ああー。 ブツブツと独り言めいたことを呟きながら、延々とnnnnnnnn…を入力している。 その背後では、絶望的な顔をしている担当編集が頭を抱えていた。
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