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もう二年以上も前のことだ。
その少年と店を抜けたのは、一緒に行った遊び友達にも知られていなかったはずだ。
当時、相楽はまだメディアに露出していなかったし、たぶん、その少年だって一夜限りのゆきずりの相手だから、そんなに記憶していなかっただろう。
よく調べたな、と思う。
いや、それを調べ上げるだけの力を持っているのだ、その男は。
「可愛がっている甥っ子が未成年の少年に乱暴を働いた、なんて、政治家生命の危機ですよね、高階さん」
私は、誰にどんな性癖があろうと、別に知ったことではない。
政にも権力にも金にも興味はない。
だけど。
「貴方の甥っ子が、私の大切なひとに、これと同じようなことをしようとした、そのことが許しがたい」
彼は成人しているけれども、まだ学生だ。
「頭を殴られて家に連れ込まれ、意識を失っている間に淫らな行為をされた…そうですよね、相楽柳凛先生」
畳み掛けるようにそう言われ、相楽は言葉に詰まる。
「以前に未成年にこんなことをした上に、今回も二十歳そこそこの学生に乱暴をしたなんて、おかしな性癖があると思われても仕方ない」
そんなこと、噂になるのすら困るでしょう?
「私も、私の大切なひとが口さがない噂の種になるのはごめんなのでね」
そこで、高階議員と相楽先生に御相談です。
「相楽柳凛先生には、二度と私の大切なひとに近寄らないでいただきたい」
家も引っ越して、別の地区に生活範囲を変えて下さい。
「それで、今回の件は手打ちにしますから」
その約束ができないというのなら、私は貴方がたを容赦しない。
人の皮を被った悪魔とは、こういう姿をしているのかもしれない、と相楽は思った。
恐ろしく美しく、そして冷酷で計算高い。
周到に準備された他に逃げ道のない退路。
そこに退くしかないじゃないか。
伯父まで巻き込むわけにはいかない、と相楽が思うことまで、きっと計算済なのだ。
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