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「いらっしゃいませ……って、遊佐さん」
桔平は、笑顔を更に綻ばせた。
「おかえりなさい」
「ただいま、桔平」
遊佐は、もう彼の予約席のようになっているカウンターの一番奥の席に座る。
マスターがにこやかに微笑んで、桔平に向かって言った。
「堀越君、遊佐さんのギムレット、作ってみるかい?」
「いいんですか?」
ギムレットは、まだ桔平には作らせて貰えないカクテルの一つだ。
「遊佐さんなら、君の練習に付き合ってくれるだろうからね…それにとても繊細な舌をお持ちだから、細かい違いに気づいて指摘して貰える」
いいですよね?遊佐さん。
マスターの言葉に、遊佐が笑う。
「桔平のギムレットはどんな味か、楽しみだな」
あれから、相楽は一度もバーに姿を見せない。
しばらくして出された相楽の新刊は、今まで以上に話題になり三百万部を超える大ベストセラーになったようだ。
しかし、相楽はその本を最後にしばらく休筆することになったらしい、と崇史が教えてくれた。
メディアにもぱったり出なくなってしまったのだとか。
担当の編集者と揉めてトラブったせいだとか、女遊びが激しすぎて刺されたらしいとか、政治家の伯父の後継者として本格的に修行に入ったのではとか、いろんな噂が飛び交ったけれども、本当のところは不明のままだ。
桔平は、もうじき始まる予備校通いの準備やら何やらで忙しく、相楽のことはつとめて忘れようとしていた。
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