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バイトを変えたせいもあるけれど、そんなこんなで桔平は急に忙しくなって、せっかく同居し始めたばかりだというのに、少しも遊佐との時間がとれないでいた。 環境が変わって疲れているだろう、と遊佐も、桔平をその腕の中に柔らかく抱き締めて眠るだけで、以前のように毎晩行為を求めてきたりはしなかった。 バイトがない週末の夜には、その分を埋め合わせするかのように、一晩中寝かせて貰えなかったりしたのだけれども。 遊佐と同居を決めてよかった、と桔平はしみじみ思っていた。 一緒に住んでいないまま、桔平の予備校通いが始まっていたら、すれ違って会えない日が続いただろう。 でも、同居しているおかげで、寝ている間だけでも、その体温を感じていられる。 夜中にふと目を覚ましたとき、遊佐の寝ているときも完璧に整っているその顔がすぐ隣にあって、そっとその鼻先にキスしたりできることが、そしてその腕の中が自分の帰る場所なのだ、と実感できることが、噛み締めるような幸せを桔平にもたらした。 朝起きて、一旦自分のアパートに戻って着替えないと、と焦る必要もなくなった分、遊佐の腕の中で他愛のない会話をしながら、ゆったりと頭の中を目覚めさせていくことも、起き抜けの遊佐の少し気を抜いた眠たげな顔を眺めることができるのも、一緒に住んでいるからこその醍醐味だ。 桔平はそんなふうに、同居してよかった、と感じることばかりだったけれども、遊佐はどうだろうかということもちょっぴり気になっていたけれども。 そんな心配は杞憂だったようで。 住所のことでどうしても聞きたいことがあって、仕事中の遊佐に連絡したことがあったのだけれども、そのとき、遊佐の秘書の川嶋に「先生と一緒に住んでくださって本当にありがとうございます」とお礼を言われてしまうほどだった。「先生が物凄く上機嫌で仕事をバリバリこなしてくれるようになったので、とても助かっています」なのだそうだ。 もちろん、桔平自身も、ふとした瞬間に、嬉しそうに目を細めて自分を見つめている遊佐の視線に何度も遭遇しているので、同居を喜んでくれているのだな、と改めて感じたりもしていたが。 あんなに悩む前に、とにかく踏み出してみればよかったんだな、と桔平は思っていた。 遊佐を信じて、自分を信じて。
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