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平成30年4月1日。
桜が街中を彩り、暖かな風が身体をすり抜けていく。
平城山エリはお気に入りのネイビーのスーツを身に纏い、会社へと向かう。
通勤電車の車内では、『着せられた感』がまだ残るスーツを着込んだ新社会人達が、緊張気味に車内で立っていた。今日から新年度の始まりだった。
「もう4年前か……」
エリは過去の自分と照らし合わせながら、彼らを見つめた。
つり革を持つエリの左手には銀色に輝く指輪がはめられていた。
4年前に今の会社に就職し、当時交際していた人と2年前に結婚した。
かつてはとても仲が良かったが、現在は夫とは上手く行っていない。夫は気づいていないだろうが、『アレ』以来、夫に対する気持ちが離れてしまっている。
自分もかつては彼らのように未来に対して、ワクワクしたり不安になったりしていた。
現状(いま)がものすごく不満な訳ではない、けれど、あの頃に戻れたとしたら、また違った人生を歩めたのではないか、時々そういう気持ちになる。
電車を乗り換え、二駅進むと、同期の西嶌(にしじま)が乗り込んできた。
「おはよう、エリ」
「おはよう、西嶌くん」
西嶌は同期だが、年齢はエリより1つ年上だった。
清閑な顔つきで、明るく、癖がなく、適度な清潔感もあり、周囲の信頼も厚い。
入社してから4年間、同じ部署で働いている。信頼できる男性だった。
そして、西嶌も既婚者だった。
「この週末は何してたの?」西嶌はいつもの明るく優しい口調で尋ねてくる。
「週末は、街に出て、ブラブラお買い物して、お茶して、ご飯食べて、家の掃除してって感じかな。特に変わったことはしてないよ」
「そっか。俺も妻と買い物行ってたよ。何か欲しい服があるとかで、結構長時間付き合わされたよ。結局それ目当てで買い物してるのに、いつの間にか他のモノが欲しくなってるパターンだね。エリも買い物してたなら、どこかでバッタリ会ってたりして」
「そうだね」
西嶌は饒舌だった。彼は、こちらから「西嶌くんは何をしてたの?」と聞かなくても、勝手に話し始めるところがある。そして、よく妻の話をする。愛妻家に見えた。
もし、彼と結婚していたのなら、永遠に自分のことを愛してくれたのだろうか。よく話す欠点を差し置いても、幸せになれるのではないか。そんなことを考える。
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