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「そういえばさ……」西嶌は今のわずかな沈黙をかき消すように、また話し始めた。 「どうしたの?」 「今日から安村がウチらの部署に異動してくるよな」 「安村って、同期の安村くん?」 「そうだよ。エリ、知らなかったの?」 「そういえば聞いたような気もするけど、年度の変わり目でバタバタしてて、忘れてた」 「ははっ! 安村が聞いたら悲しむよ。あいつ、入社したての頃、相当エリに惚れこんでて、ヤバかったもんな」 「それは忘れて下さいー……」 エリはもう気にしていないから、という風におどけてみせた。 4年前の入社式で初めて安村に出会った時から、彼からの猛アプローチが始まっていた。 安村はどちらかと言うと肥満体型で、全体的に赤ん坊のような丸みを帯びている。服装や髪型もダサいとまでは言えなくても、清潔感を感じるほどでもなかった。街中で見かけたとしても、すぐに忘れてしまうような顔立ちだった。一言で表すと「何を考えているか分からない男」といった印象だった。 安村はエリに、今はどこに住んでいるのか、どこの大学出身なのか、恋人はいるのか、実家はどこなのかなど、根掘り葉掘り詮索してきた。当時から既に恋人はいたが、安村のことをよく知らなかったため邪険にするのも憚(はばか)れるし、「同期だから仲良くしといた方が良い」という先輩からのアドバイスもあり、素直に答えていた。しかし、当時住んでいる住所だけは嘘をついた。 連絡先も他の同期と同様に、安村にも教えていたため、毎日のように連絡がきた。 しかし、「彼氏がいるから、あまり連絡してこないでほしい」と言うと、スパッと連絡が来なくなった。あまりの潔さに気味の悪ささえ覚えた。 すると、その後、安村がエリの教えた嘘の住所付近を、夜中に頻繁にうろついているという噂を聞いた。 あくまで噂だけだったので、真相を究明するまではしなかった。 後日、研修期間中に新人だけで集まった飲み会は、安村がエリの隣をキープし、エリにお酒を執拗に飲ませようとしてきた。最初こそエリも笑って過ごしていたが、安村の異変に気づいた西嶌がエリを守ってくれた。安村はカバンの中に睡眠薬を忍ばせていたのだ。
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