第3章 誰かのために生きるということ

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 優しい顔をしているのに、尊美さんの言葉は鋭い。滅多なことじゃ動じなさそうな岩のようなオーラを感じて、どうすればあんな風になれるのかと考え巡らせながら、後を追っていく。  尊美さんの言う通りだ。俺はハートを閉じて生きてきた。  友達なんか要らない。ずっと、自分達だけの世界に浸っている。それのなにが悪いのか。いや、良いとか悪いという話じゃない。ハートを閉じているから、どこへ行っても誰と出会っても、変われない。  どこへ行っても何をしても、変わりたくない。  変わりたくなんて、なかった。  そうだ。  俺は、できることならずっと。  ただ、恵鈴とふたりで暮らせたら他にはなにも要らない。  生きるために仕事しなくちゃいけないことも、本当はすごく苦手で。でもそんなこと言えば、きっと周りは冷たい目で俺を見るに決まっている。なにを甘えたことを言っているんだ、とバッシングされる。  それが怖くて、俺は―――。  ここへ来て、自分の未熟さと矛盾に漸く気付いた。  俺は結局、周囲の視線を気にして生きていたということだ。  そんな人間が、実の妹とふたりで生きていく覚悟ができるわけなんかない。  ―――できない。  また。ぽろぽろと情けなさが溢れて、頬を転がり落ちていく。せりあがってくる哀しみに、自分の無力さに、怒りを通り越して絶望に似た哀しみが込み上げる。  恵鈴に会いたい。  でも、俺がどんなに背伸びしたところであいつを守ってやれない。  俺はめちゃくちゃ弱くて頼りどころのない、つまらない男なんだから。  山道を泣きながら歩いていく。首に巻いたタオルで涙を拭きながら、十歩ぐらい前を歩く尊美さんの背中を見失わないように。でも、少しずつ距離が開いていくのがわかる。彼は振り向きもせずに黙々と前へと進む。  あの人はあんなに強い。どうやってそんなに、強くなれたんだろう?
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