第3章 誰かのために生きるということ

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 足跡の主だろう。私は躊躇いなくその後ろ姿を追い始める。  観えている距離なのに、思ったよりも追い付くのに時間が掛かっていた。向かい風に逆らうように、力強く前へと進まなければならず、気を許すと元居た場所に押し戻されそうだ。  負けるもんか!  私が見つけるんだ!  道に迷った燿馬を、私が絶対に見つけ出すんだ!  白い影の傍に来ると、彼は音もなく叫んでいる様子だった。振り乱した髪が湿度を帯びて、天然のカールを描く。  細い手首に、ひょろりと背の高い薄い身体。長い首のシルエット、彼を描く輪郭は紛れもなく私が探し求めている彼そのものだ。  激しい感情の波が、放出される。  私を跳ね返す力が強くなる。  これは彼の、燿馬の命の叫びだ。 「見つけた! 私がいないと、ダメなんだから!」  つい、そんな言葉が勝手に飛び出した。  彼は落ち着き始め、身を寄せる場所をみつけたようにのっそりと移動をして、大きな木の下にどっかりと身を投げ出すように座った。  左手に巻いているのは、タオルのようで。その一部が赤黒く滲んでいる。  私は圧力と抵抗に逆らいながら傷に手を伸ばした。  彼の左手にやっとの思いで自分の右手を乗せることに成功する。すると、たちまち私に左手に見た事もない大きな裂き傷が現れた。  傷付いた手を胸に引き寄せ、右手は燿馬の左手とつながったまま祈りを込める。痛みに負けず、恐怖にも負けませんように。これ以上道に迷わず、無事に見つけてもらえますように。  強い祈りを込めたら、ぐにゃりと視界が歪み出した。
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