第3章 誰かのために生きるということ

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 白い線と黒一色の風景が、燿馬を飲み込んでしまった。  と、思ったら。  急にまた別の誰かが、獣道を降りてくるところだ。私は少しだけ空に浮いた状態で、背の高い男性を見ている。  ―――尊美さんだ!  彼は、急いでいる様子だった。  明らかに燿馬のことを、探してくれている。  燿馬の居場所をどうやって伝えたらいいのか、わからずにいてもしょうがない。私は再び、抵抗に逆らいながら尊美さんに手を伸ばした。  乗り物から手だけを出しているような、奇妙な感じだ。  尊美さんのすぐ近くまで手が届いた次の瞬間。  音が戻ってくる。ざわざわという森の唱声。燿馬の名を叫ぶ、尊美さんの声。湿度の高い、青い香り。ビターテイストの土の匂い。  私は今、日本にいる。  確かに、ここにいる。  でも、尊美さんから私の姿は見えていないのだろう。  強く、強く、伝えたい想いを形作る。  黄色く光る足跡を彼にも見せたい。そう願いながら、尊美さんの肩をしっかりと掴んだ。 「……う………わぁ………」  驚きの声をあげる肉声を鼓膜に感じたと思った、次の瞬間。  急激に引っ張られて、私を取り巻く墨絵の世界が横一本の線になった。    どん、と床に叩きつけられて激しい痛みを覚えた。鈍い感覚が突如覚醒して、じんじんという熱い痛みが全身に広がっていく。 「恵鈴ちゃん! しっかりして!」  涙声の女性が、すぐ近くで私の身を案じてくれている。目を開けなければいけない。そう思うのに、目の前はどこまでも漆黒で、白く光る輪郭だけが見える。 「真央……さん?」  傍に居る華奢な女性に話しかけると、彼女は首を縦に振りながら「恵鈴ちゃん、そうよ。私が見えないの?」と、悲嘆に暮れたような声で囁いた。  嗚呼、そういうことか。  妙に納得してしまう。私のこの力は何のためにあるのか、どうしてまた目が視えなくなってしまったのか、腑に落ちた。 「泣かないで、真央さん。私、燿馬を見つけたよ。尊美さんがきっともう見つけてくれているはずだから、大丈夫だよ」  落ち着いた気分でそう伝えると、真央さんはハッと息を飲む気配がありありと伝わってくる。  燿馬が行方不明になったかもしれないという知らせが真央さんに入ったのは、彼が消えて丸一日が経った頃だった。
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