第4章 君と笑顔の花を咲かせたくて

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「あ、その顔。懐かしい」  耀馬がいよいよ顔をくしゃりとほころばせた。無邪気で可愛い私の耀馬。 「泣けば良いじゃん。おまえの涙を舐めたかったんだ」 「……ばか」 「置き去りにしたくせに、ばかって言う? 酷いなぁ……」 「ごめん」  ゆるゆると耀馬が腰を引いて、私達は離れてしまった。 「……避妊してないぞ。どうする?」 「良い。このままで良い」  耀馬が痛めた肩を抑えながら、ベッドに正座して遠吠えする狼みたいに天井を仰いだ。その喉ぼとけが大胆に上下する。時折ぶるると震えながら、しばらく無言でじっとしていた。 「なんか、矛盾してないか? 俺達」 「そうだね」  へへっと私が笑うと、耀馬が目を細めて泣きそうな顔で笑う。 「知ってると思うけど、俺はお前がいなきゃ生きた心地がしないんだ。だから、せめてこれからは【行って来ます】ぐらいは言おうぜ。マジで肝が冷えた」 「……うん。今度から、そうする」 「頼むよ」  痛いはずの肩を庇うのをやめて、耀馬が私の身体の上に戻ってくる。ぴたりと重なる肌は湿っていて、吸いつき合う。 「……いしてる」  囁くように想いを伝えると、耀馬がまた深いキスをくれた。    ◇  サンフランシスコの港に、一層のカヌーが絹糸のような傷をのこして、河口へと侵入しようとしていた。対して上流から流れ出てくる雲海は、空を覆う川のように流れ出し始める。朝日が差し込んでくると、より神々しい光景となる。  ファインダーをもう一度覗いてシャッターを切る。刻一刻と変化する空を撮影するとき、この世界の神秘に触れさせてもらえたような昂りを覚える。  ポケットの端末にメッセージが届いたことを知らせる短いメロディが流れた。一瞬だけ、愛しい人のことを思い出したけれど撮影の間、それは雑念となる。気が済むまで稀少な絶景を撮影し続けた。  人工物で埋め尽くされた海岸に、人類が超えることのできない自然が重なる姿がどこか自分と彼に重なる気がして、目が離せない。今頃、大西洋を見ながら夢の中で私を抱いているであろう婚約者の、無防備な寝姿を思い浮かべ、つい上の空になった。こうなるともう仕事にならない。目の前の奇跡は一秒毎に姿を変え、きれいさっぱり消えていく。
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