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デジタルカメラの画像データを一通り確認し、満足できた。紙袋からサンドイッチを取り出して、冷めた珈琲と共にかぶりつく。日本と違う甘いトマトと癖の強いチーズ、カリカリに干からびたようなベーコンの風味を噛みしめて、端末のメッセージを開いた。
「仕事がひと段落したから、空港に向かってる」
メッセージを読むとき、彼の肉声が聞こえてくる。
家に戻ると、ベビーシッターのマーガレットが生後半年の我が子を抱いて、お出迎えしてくれた。
「いま、あなたの車のエンジン音で起きたところなのよ。ほら、ママが帰ってきた。言った通りになったわね」
「おはよう。チビちゃん。朝ご飯にしましょ」
私はおくるみに包まれた赤ん坊を譲り受け、脱いだ上着やセーターをマーガレットに任せて窓辺の長いすに座る。固めのクッションを膝の上に置いて、彼の頭を所定の位置に置くと弾けそうなほど膨らんだ胸の先端を、コットンで消毒した。
食らいつくように大きな口を開けた息子に吸いつかれると、全身に電流が流れたみたいになる。私の血が母乳となり、この小さな体にとって必要な栄養を渡すとものと頭では知っていても、実際にこうしているとかなり神秘的な体験にしか感じられない。
ちっちゃな手が私の指をぎゅっと握りしめてくる。濡れたような瞳と目が合おうと、ご機嫌良くにこりと微笑んだ。
「もうすぐパパが帰ってくるんだよ?」
「あら、予定より随分と早いのね」と、マーガレットがキッチンから言った。
「そうね。たぶん夕方には着くんじゃないかしら。あとで桜亮と買い物に行くわね」
「じゃあ、私は隅々まで掃除しておくわね」
「よろしくお願いします」
もうすぐ還暦を迎えるぐらいのマーガレットは、サンフランシスコに家を買った時からのお手伝いさんでもある。彼女の作るマフィンやパンは故郷を思い出させる不思議な力があって、私はすっかり虜になってしまった。
彼女は尊美さんの親友のママで、下宿をしていたこともあって面倒見が素晴らしい。妊娠がわかってから急いで住処を探したときにふと、この街の風景が頭の中に浮かんだ。真央ママも、ママもふたつ返事で賛成してくれた。
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