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こんなに沢山の人がいるけど、私を知る人はいない。私達の関係を知る人が誰もいない。だから、堂々と手を繋いで街角で抱き締め合ったりキスができる。
お揃いの指輪を薬指に嵌めて、夫婦になりますって大声で叫んだとしても、誰にも気付かれない。
私が欲しかった幸せのカタチがここにはある。
嬉しくて、楽しくて、お気に入りの世界がいまここに。
端末にメッセージが届いた。彼が乗った便が到着する時間が記されていた。
「おうちゃん、もうすぐパパが帰ってくるよ!」
ベビーカーの中でぼんやりとおててを見つめていた桜亮が、声をあげた。まるで返事をしてくれたみたいな、可愛らしい声。
戸籍上は私の私生児。蒼井桜亮は、クリスマスの朝に生まれた。
なんだか北海道のじぃじに一番似ている。つまり燿馬にも、私にも似ている。
曾お祖父ちゃんの名前から一文字貰い、妊娠がわかった四月にはもう名前を決めていた。
健やかに、逞しく、自分の道を生きれますように。華やかで頑丈な桜のように誇りを持って……。
◇
空港のターミナルに入ると、大きな鞄を引いた旅行者やビジネスマンがいた。日本人か亜細亜圏の姿もよく見られる。
ベビーカーの中で顔を真っ赤にしてフンフン唸ってる桜亮が、途端に泣き出した。ベビーベットが設置された施設に向けて、急いでいると、ポルトガルからの便が到着したという電光掲示板のアルファベットが見えた。
オムツを変えて、小さな哺乳瓶の中の薄い果汁を飲ませ、手を洗ってからドアを開ける。
「やっぱ、ここにいた!」
燿馬が立っていた。
真っ先に桜亮の顔を覗き込むと、「よし、ぼうず。ママを守ってくれてたな、上出来だ」と優しい声で囁いた。そして桜亮を抱き上げてから、私の唇に二度キスをして。
「もの凄く会いたかった」
「私も」
私は、桜亮ごと愛する人を抱き締めた。
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