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でも、耳を澄ませても再び声が聞こえることはなく。私は花を選ぶ作業に没頭した。
「どんな小さな花でも、そこにあるのとないのとでは大違いなのよ。花のある空間は、心に温もりを与えてくれるでしょう? ないといけないものだって、私は思ってる」
真央さんの囁くような言葉に、胸を掴まれた。
ないといけないもの。
心に、温もりを与えてくれるもの。
切っ先の鋭いナイフで切り裂かれたように、胸が痛み出す。同時に、燿馬の横顔を、玄関を出ていく後ろ姿を、ドアの向こうに消えていく後ろ髪を、見送る時の気持ちが溢れてくる。
手が止まった私に気付いた真央さんが、「恵鈴ちゃん?」と声をかける。
私は深呼吸をして、一旦心の重たい気分を吐き出した。そして、真央さんにずっと聞きたかったことを、つい言葉にしていた。
「花は必ず枯れるものですよね?」
真央さんが、息を飲む気配が伝わってくる。
「いつか、枯れてしまう花を切り取って飾るなんて、残酷なことだって思わないんですか?!」
自分でも驚くほど低くて太い声で、喉が震える。息が、苦しい。
「切り花が、可哀想!!」
真っ黒い闇がさらに濃く深く私を包んでいく。金属を引き摺るような背筋も凍る耳鳴りが響いている。右も左も、天地さえも、わからなくなりそうなほど、空間が歪んだ。
グラリ。
落ちていく。掴もうとして手が伸びかけたのに、私はその手を引っ込めた。
私なんかに、誰も構ってはいけない。
わがままで嘘つきで傲慢な私なんかに、燿馬も、ママも、真央さんと尊美さんも、巻き込んではいけない。こんな何の価値もない、私なんかに―――。
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