第2章 ないものねだりな闇の中

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 風呂場にはあいつのものが平然と鎮座している。  ここに引っ越して来たばかりの頃は、毎回一緒に入浴してこれからのあれこれを語り合ったものだ。恵鈴は買い出しついでにデートしたがっていたが、俺は落ち着く家を早く整えたくて食事もテイクアウトばかり。遠くに行きたい、まだ見ぬ風景に出会いたい。そんな夢見がちなことを言う彼女について、当時の俺は困った妹だと思っていた。  どんな気持ちで、遠くへ行きたいと言っていたのかも俺はわかろうとしていなかった。だから、あいつは俺に何も期待しなくなっていったんじゃないだろうか?  気付けばシャワーを浴び終えて、びしょびしょの髪をタオルで乱暴に拭いていた。考え事に没頭すると、記憶が飛ぶのはいつものこと。  でも、没頭して他の事が目に入らないというのは、とてもリスクの高いことかもしれない。だって、物事は常に流れて行ってしまう。俺はきっと多くの事を見逃し、何も知らずに恵鈴の気持ちを置き去りにしていたことだろう。  胸が詰まる。焼けるように、ヒリヒリと痛んでいる。  俺が出張中でいない間、もしかしたらあいつもこうやって行き場のない想いを抱えて、ため息ばかり吐いていたのかも。  罪悪感と自分への怒りで、さらに胃の辺りがムカムカしてきた。  下着だけを着てPC前に座り、メールをチェックすると。見慣れないメアドからメールが入っているのを見つけて、俺はあわててマウスを掴んだ。  プライベートメールアドレスなのだろう。夢の国キャラクターの名前がローマ字で綴られている。   東海林 様  こんにちは。メール拝見しました。恵鈴さんがトラブルを抱えていたとは誰も思っいません。少なくとも私はそう感じていました。仕事もきちんとして、誰とでも分け隔てなく誠実に対応してくれる、とても素敵な子だと皆が思っています。  恵鈴さんは丁度一か月前、部長に辞表を提出していました。
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