第2章 ないものねだりな闇の中

34/34
1025人が本棚に入れています
本棚に追加
/134ページ
「恵鈴ちゃん!」  柔らかな体温に包み込まれる。まるで、ママみたい。 「どうなってるの?」  穂積さんが夢から覚めたような顔をして、詰め寄ってきた。つかささんは、穂積さんのすぐ後ろで驚いた顔のまま呆然と私を見つめる。  面長な顔よりも太い首の、のどぼとけの影が濃い。襟足の長いつかささんは燿馬とは似ても似つかない顔をしていた。 「あ!」  見える―――!  穂積さんと視線が交わり、すぐ横から真央さんが甲高い声を上げた。 「恵鈴ちゃん、もしかして目が……!?」  「…見えているの?」と、穂積さんが顔を近づけてきた。私は思わず手で彼の口元を抑え、押し返す。真央さんが私と穂積さんの間に割って入ってくれて、助かった。  私は瞬きをした。何度も、何度も…。  自分の手がはっきりと見える。伸びた爪も、さかむけだらけの傷んだ節も、左手の親指の付け根にある小さなホクロも、見える。見えている。  そして見上げた真央さんの顔は、最後に会った四年前とそう変わっていなかった。六十代には見えないぐらい、とても綺麗。 「真央さん…。見えます! ちゃんと、見えます!!」  私がそう言うと、真央さんとその後ろから穂積さんも一緒になって、私を抱きしめた。全身全霊で、喜んでくれている二人の温かさが嬉しくて、私も遠慮なく抱きしめる手に力を込めていく。  ここに、燿馬がいてくれたらいいのに。  そう思ったら、なんだか急に寂しくなる。  目が見えなくなっていく不安と戦いながら、心配かけまいと意地でも燿馬に伝えなかった頃の自分に怒りを覚えた。この喜びを分かち合いたい相手は、燿馬しかいないのに。  燿馬が恋しくて、胸の奥が激しく痛み始める。今こそ傍にいて欲しいのに、あまりに身勝手な自分のことが嫌い過ぎて、動けない。  真央さんに何度も抱きしめられながら、胸の痛みに耐えていると、つかささんがいつの間にか目の前にやってきて、私の手に手を重ねてきた。 「…京子の姿を見たのなら、どんな様子だったか教えて欲しい」  私は頷いた。  この目が見えるようになったのは、きっと京子ちゃんのエネルギーを感じたからに他ならない。二人の兄を想う強い思い、強い愛が、私の中の詰まりを溶かしてくれたということだろう。  お礼のつもりで、私は決意した。  京子ちゃんの姿かたちを、絵に描いてみようと。
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!