第3章 誰かのために生きるということ

13/51
前へ
/134ページ
次へ
 嫁、嫁って、嫁呼ばわりされてもね。心の中で何度も否定しながらも、俺は自分の伴侶についてこの場で話題にされることに、ものすごく抵抗を覚えた。さっきまで、部長らは赤裸々なこともぶっちゃけてくれていたというのに、俺と来たら往生際が悪い、と思う。  でも、やっぱり言いたくない。  誰にも知られたくはない。  俺達はどうせ誰かに理解してもらえるような、そんな立場じゃないんだから。 「お、なんか嫌がってるよ。これ」 「別に説教しようとか、お前の私生活に首突っ込もうっていう話じゃないんだ。東海林…。男は、何のために仕事するんだと思う?」  大原さんの静止を振り切って、飯島部長が身を乗り出す。その目は、何かとてつもない熱意を感じさせている。それを無碍にすることも、俺には出来そうにない。固唾を飲んで、言葉を待つことにした。 「………」 「家族を養うためだ。それ以上でもそれ以下でもない」  そうそう。この人はいつだって、自分の問に真っ先に応えちまう。親父に少しだけ似ている。 「俺はな、愛する家族のためならなんだってする覚悟で、仕事しているぞ。もちろん、お客さんに喜んで貰うことも、会社に貢献することも大事だ。だけど、順番を間違えちゃいけないんだと、よくひとり反省会をして確認しているんだよ。家族より仕事が大事になっていないかってね」  あれ? どこかで聞いた話だ。俺は空っぽになったグラスをぎゅっと掴んだ。 「仕事は手段だ。夢を叶えるための、道のりだ。俺達設計屋はお客さんお夢をカタチにする最初の一歩だ。そこから本物の建造物を作り出すのは、大工や建設業に関わる職人達だ。それぞれできることを持ち寄って、ひとつの大きな建物を生み出す。その建物は必ず人々が利用するために在るんだ。何年経っても雨風を避け、大事なものを保存し、日々の営みを護り続ける器になり続ける。だけどな、建造物にも命があるんだ。わかるか?」
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1027人が本棚に入れています
本棚に追加