第3章 誰かのために生きるということ

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 俺は小さく頷いた。部長は、まだこいつわかってないな、といった顔をして胡坐(あぐら)を逆足に組んで姿勢を正す。 「建物も俺達と同じ役割を担っているんだよ。家はそこに住む者達を、守ってくれる。家があるから、俺達は日常を送れる。つまり、無くてはならない存在なんだ。だから、それに相応しいものを作らなければ意味がない。建物があるから、人類はここまでやって来れたんだ。俺たちの仕事は何せ素晴らしいんだよ。誇りを持ってるか?」  飯島部長の目が座っている。この話は、今までだって散々聞かされてきた話だ。いつもは会議室で、口癖のように「自分の仕事に誇りを持て」と繰り返す。それが飯島部長だ。  俺は部長の目を見つめ返す。今日、わざわざこの席を設けてくれた部長の想いをちゃんと受け止めたくて、俺も姿勢を正した。 「勿論、自分の家族に恥じない仕事をしているつもりです」 「そうか。じゃあ、それで家族を置き去りにしていないか?」  ドキリとした。 「お前は新人の頃から、見込みのあるヤツだとは思ってる。他のヤツにはない使命感のような暑苦しい情熱みたいなものを、感じる時もある。だけどな。そのためにお前が大事な嫁との時間を犠牲にしていたと知って、俺は胸が痛いんだよ。東海林。誰かのために作る家にいくら誇りをかけたって、自分に家に帰れば家族が笑顔で暮らしてくれてなくちゃ、虚しいだけだ」  そんな、ことは。とっくに、気付いてる。でも、言われて当たり前なんだ。俺は仕事に逃げていたんだから。 「あれだろ? 嫁って言ったってまだお前とそんなに変わらない年齢なんだろう? そっちにだって仕事とか、やりたいこととかあるんじゃないのか? 嫁って言ったって子作りしているわけじゃないだろうし」  大原さんが、飯島部長と北野部長の前に新しいビールジョッキを取り寄せて並べながら言う。俺は、つい露骨にため息を零した。 「あー。地雷踏んじゃった?」 「子作りは、してません。そこまでは…」 「嫁さん、寂しいんじゃないのか? 子供の話はしたことある?」  北野部長が入ってくる。この人達に、俺の本当の話をするつもりはないけど、こんなに親身になってくれているんだし、どういえば良いのか少しだけ考え込んだ。
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