第3章 誰かのために生きるということ

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「そういうところ、お前もバカみたいに真面目なんだよ。言いたいことはわかるけどな。日本人全般に言えることだが、親近者とのありがとうを省略してる人のどれほど多いことか。それに比べたら、お前と彼女の間には、礼儀があった。素晴らしいことだぞ」  飯島部長は大袈裟なぐらいの身振り手振りで、俺を褒め伸ばそうとしてくれている。仕事面では寡黙で物静かな印象だったけど、酒が入るとたちまち人情派になる、という性格なのだろう。  好意的な言葉がけは、ありがたい。素晴らしいだなんて言ってくれた人は、それほどいないわけだし。俺はただ静かに、頷いた。 「…そんで、出て行ったとき、どんな様子だったんだっけ? お前の嫁さん」  大原さんが話を進める。 「…それが、全部っていうわけじゃないけど、大概の荷物を運び出していて、行く先も告げないで消えたっていう…」  「夜逃げみたいだな」と、北野部長がボソリとつぶやいた。 「人間一人、いきなり消えたら心配だ。行先に心当たりは? その子の実家には聞いてみたのか?」  飯島部長がフォローのつもりなのだろう、気の利いたことを質問してくれる。夜逃げされた、っていう日本語に馴染みがない俺は全然ぴんと来ないけど、大原さんまでお通夜モードになって口をつぐんでしまった。 「実家には連絡しました。やっぱり、事件に巻き込まれたりしてるんじゃないかっていうのが一番怖かったし…。それに、彼女が最も信頼する人にきっと相談しているはずだとも考えて、もしかしたら居るんじゃないかとも思って直接行ってみたんです。北海道まで」  「同郷の子か」と、今度は飯島部長がつぶやいた。  
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